第1章 プロローグ

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「ママ、早く。スイートポテトが売り切れちゃうよ」  小学四年生になる長女の由美子(ゆみこ)が和子の左手を引っ張った。 「そうだよ、早くしてよ。ママの立ち話は長いんだもん」  小学二年生になる長男の幸明(ゆきあき)も、姉の真似をして和子の右手を引っ張った。 「はい、はい。分かったから。したら有紀。そういえば、あなた、子供はまだなの?」 「うん、ちょっと事情があってね…」 と有紀は言い淀んだ。 「あんたも、もう、三十路過ぎてるんだから早く作りなさいよ。子供は良いもんだよ。したらね」  和子は、そう言って、子供と両手をつないで有紀と別れた。  有紀は、和子の後ろ姿を、羨望と憎悪の入り混じった感情で眺めた。  結婚して5年たったが、まだ子供はいなかった。  夫婦仲は悪いわけではないし、人並みに夫婦の営みもある。だが、子供がなかなか授からなかったので、今は不妊治療をしている。  楽しそうに子供と手を繋いでいる和子の後ろ姿を睨んでいると、悔しくて、涙が出てきた。 「あの女は、私が、子供が授からなくて悩んでいるのを知っていて、意地悪してあんな事を言っていんだ」と、思った。  そう言えば、今年の年賀状にも、デカデカと子供と一緒に写った幸せそうな写真を載せて、あなたも早く作ればなんて書いてあった。  それに、学生の時だって…  和子さえいなければ、真之と付き合っていたのは、この私だったのに…  有紀の中で、和子という存在が、自分の幸せを奪っていく女のように思えた。  噛んだ唇が血で染まるほど、有紀は激しく嫉妬した。
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