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第4章 セックスレス
経営会議が終わってから、愛子は、社長室に戻った。
部屋には、社長と副社長のデスクが並んでいて、一隅には、青銅製の浅間山の模型が置かれていた。直径2mにもなる巨大な模型(ミニチュア)だった。
先代の健一郎が、軽井沢在住の有名な芸術家に頼んで造ったものだった。
愛子は、ソファーに深く腰を沈めて溜息を漏らした。
最近の会議では、険悪な空気が流れることが多くて疲れる。
しかも、社長の寛司(かんじ)は、軽井沢の仕事は愛子に任せっ切りで、熱海に入りびたりだった。寛司は、面倒な仕事を愛子に丸投げして熱海に逃げ込んでいるように思えた。
先代から受け継いだ旅館を、リゾートホテルとして再生して、大成功を収めた寛司の手腕は多くの人が認めていた。
だが愛子は、彼の裏の顔も知っていた。仕事では、何でも知っているような態度で振舞っているが、家の中では、頼りないことが多々あった。
ここぞという時には、小心者だった。ここ数年、そういう傾向が強まっていた。
社長室の奥は、夫婦の生活部屋になっていた。
寝室に居間、バスやトイレ、簡単なキッチンにダイニングルームなどがあった。
ホテルを新築した頃は、夫婦で仲良く生活していたが、今は専ら愛子だけが使っていて、寛司は軽井沢に戻ってきた時に寝室として使うくらいだった。
二人の間に、長い間、夫婦の交わりはなかった。寛司は、別のベッドで、無遠慮に高鼾(たかいびき)をかいて寝るだけだった。
既に、愛がひやがっている愛子にとっては、好都合だったが、けたたましい鼾には閉口だった。
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