第2章 軽井沢の夜明け

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第2章 軽井沢の夜明け

 数日後、愛子は、軽井沢に戻っていた。  浅間山(あさまやま)の山麓を覆う森の一角に、愛子の夫が経営するホテル、軽井沢ヴィラ・ヘメロカリスがあった。  白亜の聖堂を思わせる瀟洒なリゾートホテルだ。  ベッドから起き上がって時計を見ると、まだ朝の四時半だった。  カーテンを開けて外を見ると、東の空が白み、明けの明星が光っていた。暁の光を浴びた浅間山は、赤茶けた山肌を青空に晒し、噴煙を上げていた。  その風貌は、まるで軽井沢の支配者のようだった。  朝日が山麓に降り注ぐと、ワサワサと雲が湧き上がり、西から東へと帯状に流れていった。  そして、いつの間にか、浅間山は霧雲の中へ顔を隠した。  寝起きの顔を見られたくない年増女でもあるまいし、浅間山も愛想がないものだと、愛子は思った。  霧中から、不如帰(ホトトギス)の声が、朗々と響いてきた。  鳥の囀りを聞きながら、モーニングコーヒーをいれて飲んだ。それが、愛子の毎朝の日課だった。  大暑(たいしょ)の頃を過ぎて夏休みに突入し、軽井沢は最も忙しい時期を迎えていた。  軽井沢ヴィラ・ヘメロカリスにも多くの宿泊客が入り、満室状態となっていた。  愛子の夫である星川寛司(ほしかわ かんじ)は、ホテルの経営会社、星川観興の社長だ。  先代の頃は、「宿屋夕菅(やどや ゆうすげ)」と言う和風の旅館だったが、父親から旅館を引き継いだ寛司は、全面的にホテルを新築して、経営改革を進めた。高級リゾート化、温泉事業の強化、ブライダル部門の立ち上げという多角的な経営を展開した。  事業は軌道に乗り、最近では、大型の健康スポーツ施設や、他の観光地のホテル買収にも手を出して、繁忙を極めている。
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