第2章 軽井沢の夜明け

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 ここ数日、夫は出張で軽井沢を空けていた。  数ヶ月前に、熱海の老舗温泉旅館を買収してから、熱海で過ごすことが多くなっていた。  夫の話では、顧客調査に始まり、従業員の意識改革、設備投資、リストラ、コスト削減とやらなければいけない経営改革の仕事が山ほどあるということだった。  夫は、たくさんの資料を見せながら、愛子にも丁寧に説明してれた。しかし、彼が言葉を尽くして説明すればするほど、この人は何か隠していると、女の直感が働いた。  仕事の話は、半分は本当だろう。しかし、半分は浮気を隠すために、言葉の煉瓦を積み上げているだけ。  しかし、愛子は責めなかった。  証拠がないからではない。既に、愛が覚めていたからだ。  夫は、夜が淡白な性質だった。  仕事には、客の満足を得るために情熱を持って取り組んでいるくせに、ことベッドでの仕事となると、淡白だった。妻の満足も考えないで自分が満足したら、勝手に眠り扱けていた。愛子は、女としての性欲が強い方だとは思わないが、何とも物足りなかった。  そんなこともあって、ここ数年は、夫婦としての夜の営みはなくなっていた。愛のない性交など苦痛なだけだ。夫が外で遊んでいるのなら、こっちはこっちで楽しませてもらうと割り切っていた。  石の上にも三年というが、五年も副社長の仕事をしていれば、一端の仕事が出来るようになった。生来が、テキパキとした性格だったので、今では、職務を手際よくこなし、会社になくてはならない存在となっていた。  特に、最近は、夫が軽井沢を留守にすることが多いので、軽井沢の仕事を取り仕切っていた。  社員の間でも、高飛車で無愛想な夫よりも、気配りが行き届く愛子の方が、人気が高いし、経営者としての評価も高かった。
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