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んなわけないじゃん、と彼女は笑う。「なんとなく気乗りしなかったから。束縛されんのもやだし」
「ねえ」わたしは聞いた。「男の子振るのってどんな気分?」
「どんな気分って聞かれてもねぇ……」
「エリナみたいに慣れちゃうとどうってことないか」
「それ、イヤミ? あたしだって多少は気ぃ遣うよ。ふざけた絵文字は使わないしタイトルだってちゃんと入れるし。『こないだの返事』みたいな」
「メールで? 大事なことはじかに伝えんじゃなかったの?」
「だってメールで告ってくんだもん」
男女が付き合うのってそんな軽いことなのか、とわたしは愕然としてしまう。
「好き」のひと言を伝えるために、わたしなんかさんざん悩み手を尽くしたというのに。あげく、それが果たされることはなかった……。
彼女との恋バナはここで終わった。あとは仮装コンテストのことに話題が移った。エリナは衣装や演出の提案をし、わたしはろくに耳に入ってもいないそれに対し適当に相づちを打つ。そのうちに品川駅に着いた。下りたホームの片側には横浜方面への電車が止まっている。一方で上野方面への電車の接近を無機質な自動音声が告げていた。あぶないですから黄色い線までお下がりください。
「じゃ、またあした」エリナはにこっと笑い手を振ると、電車の乗降口へ向かう。
またあした──。彼女の発したなにげないひと言が、わたしの心のなにかに触れた。麻痺していたはずの感情が揺さぶられ、これまで自覚しなかった症状が、その痛みが突発的に呼び覚まされる。次の瞬間、わたしはホームの床を右足で思いきり蹴っていた。その反動で対となる左足を踏み出す。ホームの端まで5メートルもない。その先に並ぶ2本のレールが、接近してくる電車の振動を伝えカタカタと音を立てている。わたしはさらに右足で反動をつけ、跳躍するように左足を浮かせた。
そのとき、パァァッと電車の警笛が鳴った。
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