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全身に強い衝撃を受けた。が、電車にぶつかった衝撃ではない。わたしはホームの床面に叩きつけられるように倒れていた。うつぶせのまま身動きが取れない。何者かがわたしの全身にのしかかっていたからだ。目のすぐ前をシルバーの車体が滑らかに通過し前髪を揺らす。
「なに考えてんの?」
頭のすぐ真上からエリナの声が降ってきた。息を切らせながらも、その声音は状況に相(あい)反して落ち着いたものだった。「こーゆーのってすっごい人に迷惑かかんの。あんたもよく知ってんでしょ?」
わたしは全身の力を抜き、苦しくも笑顔を繕う。「冗談だよ」
エリナがわたしの体から離れ、ともに立ち上がった。周囲は騒然としていた。が、わたしたちはなにごともなかったように止まったばかりのその電車に乗り込んだ。
夕方のラッシュがはじまりつつある車内で、わたしたちはしばらく言葉を交わさずにいた。エリナはまさに言葉を失っている感じで、顔が蒼白になっていた。わたしはというと、体が小刻みに震え、声を出せる状態にない。ともに、つい先ほど感じた恐怖に対するリアクションが、若干のタイムラグを生じて発現している。そんな感じだった。電車はそのまま次の田町を過ぎ、浜松町を過ぎ、新橋に着こうとしていた。
その頃になって、ようやくわたしは言葉を発した。「どこまでついてくんの?」
「どうしよっかなー」エリナはやや涙ぐみながらものんきな口調で言う。「ユカんちに泊めてもらおっかなー」
「……」
「あたしね、友達んちめぐるの趣味なんだ」
「それってプチ家出じゃん」
「あ、それなつかしー。むかし流行ったよね」
「ふざけないで」
わたしが口をとがらせると、ふざけてんのはあんたのほうじゃん、とエリナも口をとがらせる。
「ユカんちって何人?」
「……4人。両親とおじいちゃんと弟」
「そっか。いいなー弟かぁ。きっとかわいんだろうね。ユカみたいなミニサイズで」
「うるさいよ」ミニサイズの部分が気に障った。「弟なんてうざいだけじゃん」
「そお? あたしひとりっ子だから超羨ましんだけど。弟妹(きょうだい)ほしいけど高齢出産してくんないかなー」
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