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「そうなの? おめでとう!」
わたしは陽気な声を上げていた。すると目の前の2人はふと目を合わせ、花を咲かせるようにはにかんだ。
「で、須藤ちゃんの話って?」
彼に聞かれ、はっとした。こんなこといきなりかもしれないけど──。先ほど口にしたのはそこまでだったはずだ。「河田くんにね、紹介したい人がいたんだ。あ、わたしに彼氏ができたんじゃないよ。女の子。ちょっとまだ来てないけど……河田くんのことが気になってたんだって」
「あ、そう……」
「でもこーゆーことなら仕方ないよね。大丈夫、ちゃんと美人のカノジョがいるって伝えとくから」
モテモテじゃん、とわたしは彼の胸を肘で突っつくまねをし、その場から駆けだした。
急ぐ理由もないのに、わたしはそのまま駅へ向けて突っ走った。泣きながらではない。それどころか、とっさの思いつきにしては上出来だったと自分の口走った嘘を内心自賛し、ほくそ笑んですらいた。ばれていたとしても、どうでもいい。だってわたしたちは終わったのだから。いやわたしだけが終わったのだ。そしてその事実を突き付けられた時点でなんらかの防衛機能が働いたのか、わたしの心は麻痺していた。感情の働きが不全に陥り、おかげで『悲しい』というあって当然の思いが湧いてこない。なにも感じることなく、なにも考えることなく、わたしは帰途に就いていた。3時間かかるいつもの道のりさえ、長いとも短いとも思わなかった。ただ自分の向かうべき方向へと体が動いていた。
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