ツインテールとシュシュ(1)

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 防衛機能の効能は思いのほか大きかった。翌朝、わたしはいつもどおり5時前に起床した。午前授業の日であっても、お母さんはお弁当を持たせてくれる。帰りが夕方近くになってしまうことを考えて。わたしは髪をツインに束ねると、「行ってきまーす」とやはり元気よく声をかけ家を出た。土曜の登校はなんだか損した気分になるけれど、平日に比べると通学環境は快適だ。都心ゆきの電車はある程度混み合うものの、遅れを心配するほどでもない。あえて難点を挙げるとすれば、平日には高崎から上野へ向かういつもの電車が、土曜には小田原という恐るべき遠隔地へと行先を変えることくらいである。が、きょうこの日に限っていえば眠りこける心配はなかった。なぜならきのう帰宅してから10時間以上は眠ったので。とくに悪い夢を見たわけでもなく、試験勉強の疲れを充分癒すことができた。だからわたしは長い車中、勉強を放棄し読書して過ごした。文庫サイズの小説は遠通のお供としては最適だ。赤羽で京浜東北線に乗り換えると一路品川へ。上野駅で猛ダッシュせずに済むのも土曜の利点の1つだった。品川駅からはやはり走らなくてはならないが、それでも平日よりは余裕がある。8時半のチャイムが鳴る数分前に教室にたどり着くと、「セーフ!」とエリナが野球の審判のポーズをまねた。  わたしは普段と変わりなく過ごした。よけいなことを一切思うことなく、だからこそエリナの無駄話に付き合ったり、『奥沢ガールズ』と談笑したりと、普段と同じように振る舞うことができた。わたしはたしかに失恋した。ほんの24時間以内に起きたこの出来事を、決して忘れ去ったわけではない。にもかかわらず、その痛手をまるっきり感じてはいなかった。まるでモルヒネを打ったかのように心の痛みが消失していた……。
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