第13章 湯川渓谷の撮影

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 屏風のような岩肌から、水が零れ落ちる様子は、水のカーテンのようだった。見る者を圧倒する瀑布ではないが、趣のある美しい滝だった。  しかし、白糸の滝を見て悲しい気分になった。それは、観光客が、滝壷に小銭をお賽銭代わりに入ていたからだ。  更に、岩肌の割れ目にも小銭が突っ込まれていた。  本来ならば苔や水草で彩られているはずの滝壷は、無機質な輝きで汚れていた。  賽銭を入れたいのならば、神社でも行ってくれと観光客に言いたかった。  次の撮影ポイントは、旧三笠ホテルだった。  明治時代に造られた洋式木造ホテルで、今は文化財として一般公開されていた。館内を観光客気分で巡りつつ、写真を何枚か撮った。  次は、買い物客で賑わう旧軽銀座の情景をフィルムに収めてから、雲場池へ向かった。  紅葉の名所として知られている池だが、夏場は人も少なく落ち着いた雰囲気だった。緑に囲まれた静かな池を、カモやオシドリが、のんびりと泳いでいた。  その次に向かったのは、矢ケ崎公園だった。  園内には、大賀ホールという、最近完成したばかりのクラシックのコンサートホールがあった。有名な音楽家が来る時は、東京から特別電車が出ることもあるそうだ。  五角錐の屋根に、木肌が美しい建築物だった。  ホール前にある池の畔には、たくさんの鴨が屯っていた。  近寄ると、鴨たちは、餓鬼の如き形相で口を開けて、餌を寄こせとばかりに押し寄せてきた。 「池の藻でも食ってろ。それ以上、グアーグアー威嚇したら鴨鍋にして食っちまうぞ」と脅した。  しかし、鴨は矢崎の脅しには屈せずに突進してきたので、鴨から逃げるようにして、大賀ホールを後にした。
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