第10章 石尊山と追分宿

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あまりに、突拍子もない依頼だった。  断りたかったが、無料でスイートルームに泊めて貰っている手前、無下(むげ)に断る訳にもいかなかった。気乗りはしなかったが、報酬が100万円と言われ、酒で気が大きくなっていたこともあり、安易に了解してしまった。  石墨からの依頼の話が終わった後は、写真三昧の旅について滔々(とうとう)と話をした。  話をしている内に、愛子が誰に似ていたのかを、おぼろげながら思い出した。  あの美しい瞳と落ち着いた声…  夕焼けの砂浜で会った女性に、何処となく似ている。  あの時は、夕日が逆光になっていて、顔がはっきりと見えなかったが、愛子だったのではないだろうか…  そんな回想を石墨に話すと、彼は目を引ん剥いて話に、齧(かじ)り付いてきた。  そして、写真を引き伸ばして、明日持ってきて欲しい言った。  ネガがあるので焼き増しはできると返答すると、蛇のように口を裂いて笑った。その顔を見て、薄気味悪さを感じずにはいられなかった。何だか、変な人間と関わりあってしまったなと少し後悔した。    矢崎は、朝食後のコーヒーを飲んだ。 「さて、今日は忙しくなる。天気の良いうちに写真を撮りにいかなければ」 と自分を鼓舞するように独り言を言って、立ち上がった。  部屋を出てから、まず受付で、最寄りの写真屋の場所を尋ねてみると、ホテルから車で10分ほど行った中軽井沢駅の近くにある店を紹介された。
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