第14章 鼻顔稲荷の殺人

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 湯川に死体があるという通報を受けて、佐久警察署の木内刑事は、部下の金子を引き連れて署を出た。  駐車場には、覆面パトカーが停めてあった。交通課から払い下げられた日産セドリックだ。かなりのオンボロだが、長年使っていると、どんなボロでも、愛着が深くなるものだ。  昭和の自動車史を感じさせる箱形のカクカクしたボディーが何ともいえない。昨今の車は、燃費優先だか安全優先か何だか知らないが、流線型の丸っこい形ばっかりで、個性がない。  お気に入りのボロ車で現場に駆けつけると、川岸には、警察より早く噂を聞きつけた野次馬が、たむろっていた。  木内は、第一発見者の山崎梅子に話を聞いたが、耳が遠いうえに動揺していて、なかなか要領を得なかった。 「ばあさま、発見したのは今日の朝なんだよな」  木内は、梅子の耳元で、大声で叫んだ。 「そ、そうずら」と頷いた。 「昨日の朝に、来た時は見たかい?」 「いや、昨日も来たけんど、死体はなかった。それにしても、おやげねぇのう。なんまんだぶ、なんまんだぶ」  梅子は、瞑目して両手で拝んだ。  水死体は、パンパンに膨れ上がったド左衛門ではなかった。  人間が溺死した場合、水よりも比重が思いので水底に沈み、直ぐに発見できないことが多い。何日か水の中にいると死体の腐敗が進み、ガスが体内にたまり、比重が軽くなり水面に浮かんでくる。その状態が、いわゆる、ド左衛門だ。  その状態になってしまっては、肉親でも身元の判明は難しいが、今回の水死体は、外見ははっきりしているので、直ぐに身元が判明しそうだと思った。
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