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確か、指揮したのは中条、中条司じゃないか。」
「ヒガシ、ありがとう、みんな、指揮したのは俺、中条なんだよ。
高校の頃は地味で目立たなかったから、みんな忘れちゃったでしょ。」
「そっか、中条だったのか。」
「お前ちゃんと髪もあるし若いまま変わっていないな。お世辞抜きで。」
「まあね。今はカッコつけは得意だしな。」フサフサの髪をかきあげながら中条は言った。
中条は55歳の同い年とは見えないほど、なかなかの色男だった。
元ツッパリクン達は隣のテーブルから豚足をかじりながら、
ハゲ上がった頭を並べて、悔しそうに唇を噛んで中条を見るしかなかった。
「タンホイザーの指揮、ちょいと難しくて大変だったかな。
でも、もっと大変だった子も居たよ。合唱大会の審査員で歌えなかった・・・確か」
「私よ。石渡純子。みなさんおぼえているかしら。」
今度は茶髪のメッシュが入ったサラサラのロングヘアの女子が水の入ったグラスを掲げて言った。
このご婦人も同い年とは思えないほど、肌も髪も若々しかった。男子からは膝上10センチの
紺のタイトスカートから伸びて組まれた張りある脚をチラチラ見られ、
女子陣からはトゲのある視線が送られていた。
迫水は思い出した。あの時、石渡という堅そうな苗字というだけで、合唱大会の審査員になって、
みんなと一緒に歌えなかった女の子。迫水は不憫に思って、審査員を石渡でなく自分に変えてくれ
とクラス会で言ったが、男声のパートでほぼ完璧にタンホイザーを歌いきれるのは迫水しかいなかったから
反対多数で却下されたのだった。
「あーら、女子の皆さん、頭の固い石渡のオネエが、こんなになって、不服でもあるのかしら。」
そう言って毒を吐くと、いきなり、ショウの隣に寄っての右の頬にチュッとキスをした。
「こ・れ・は 38年前の、お・れ・い。ねっ。」
ショウの右の頬は純子の淡い口紅とスカルプチャー・ファムの甘い香りが残った。
今度はみづほが迫水と純子の間に割って入ってきた。
「相川の事、大目にみてやってね、石渡さんの歌いたい気持ちは充分判っていたし、
幹事の私に、相川から、自分はもうみんなの前に顔を出せないとメールが来て、今日は欠席なの。」
相川とは、やたら自分の上履きを飛ばす変人で、あり、
ある日たまたま年配の女性教師の前に上履きが飛んでしまった。
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