天使と白いティオ

１ 白いティオ

「お呼びでしょうか」
　イグノトルは王宮の主、つまりはレーゼ国を治める天使、レーゼ・フォルゼント国王の執務室に呼び出されていた。
「あら、面倒をかけてごめんなさいね。あなた確か、天使だったわよね」
「はい」
　失礼にならないギリギリの礼をするが、国王は無頓着にこちらを見据えた。
　彼女は十代半ば過ぎまで庶民の暮らしを強いられていたという異例な経歴を持つ国王だが、今もまだ二十代の若さで国を統治している。
　髪は肩に触れる長さに整えられ、幼さすら見せる輪郭を隠している。イグノトルから見れば、娘と言っても差し支えのない年齢だ。
「この間、地竜に接触させようと思って保護していたはぐれティオたちのことなんだけど、解放するにあたって、体調も心配だからひととおり診察してもらいたいのよ」
　王宮医師とは、そもそも王宮勤務の人々の診察や治療を担当しているため、その依頼自体に問題はないが、天使だからという理由だけで頼まれたことに、少々の苛立ちを覚えた。
「国王、はぐれティオというのは、文字通り養育先からはぐれた絶滅危惧種の一角獣のことですよね？」
「ええ、もちろんそうだけど？」
　からりと返ってきた返事に、ため息がこぼれそうになるのを必死にこらえる。
「つまり至上神の手により、大人の姿でうみだされる初代ティオ種が世間一般的なことを覚えるために天使に半年間養育され、そこで初めて名前と国籍を取得できる」
「今さら、何が言いたいのかしら？」
「彼らはその養育期間を修了していないために、名前すら持っていないんですよ。それなのになぜ診察を受けさせて解放するのか、私には皆目わかりません」
「主からはぐれたのは、さまざまに理由があるはずだわ。引き取っていた天使に問題があったかもしれないし、ティオ本人の我がままだったかもしれない」
「どうしてそれを聞いてやらないんですか」
「じゃああなたは十数名もいるはぐれティオを最期まで面倒見られるのね」
「そうは言っていませんよ」
「あの子たちは心に傷を負っている。地竜の孤独を救うためにやむなく集めてはみたけど、地竜は彼らを必要とはしなかった。あの子たちはわたしに救いを求めてやって来たのに、わたしは、その期待を裏切ったのよ。これ以上なにをしてあげても、きちんと受け止めてもらえるとは思わない。だから、一刻も早く自由にしてあげたいの」
「何も聞かずに解放したのでは、はぐれティオが発生する根本原因について解明することはできません」