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「いやだ! それはぼくのだ。持っていかないで!」
ううう、と鉄格子を握ったまま、力を失ったように座りこむ。
「ティオ、しっかりしなさい。あんなもの、また買えばいい」
厳しく、励ますようなイグノトルの声は、もう耳のそばで聞くことはできない。
「ぼく……、くるしいよ」
「ティオ……!」
にじんできた涙の中から、イグノトルを見つめる。
だんだん息が苦しくなり、自分の胸をおさえた。
「大丈夫だから、落ち着きなさい」
「半年なんて、むりだ。一日だって、一時だって離れていたくない」
「私はここにいるから」
「嘘つき! 一緒に暮らすために手続きするって言ったくせに!」
「ティオ!」
「あなたも、ぼくをすてるんだ。もう、ぼくだけにやさしい天使さまなんて、どこにもいない……っ」
苦しさに耐えきれず、うめき声をあげてティオが床へ転がる。
「ティオ! 聞こえているなら私に手を伸ばしなさい、早く!」
鉄格子の隙間から、ふるえる手が伸ばされる。
正面にいるイグノトルも必死に手を伸ばすが、その指先へ届かない。
瞬間、前に亡くしたティオの最期に見た顔がありありとよみがえった。
「国王!! ここを開けてください! あれは喪失の病です。少し触れて気持ちを落ち着かせてやれば治ります。だから……っ」
「お願いがあるのよ」
「国王っ!!」
「わたしは、ティオたちの傷を直視せず、少しでも痛まないようにと思って解放した。でも、あなたは違うのね。ティオを傷つけるとわかっていながら現実を見せた。その力を、わたしに貸してほしいの」
「何でもやります。ここを開けてください……っ!!」
国王はリューウェイにひとつの鍵を渡し、イグノトルの牢を開ける。
ほぼ同時にリューウェイの手で開かれたティオの扉へイグノトルが恐ろしい勢いで飛びだし、ティオの手を掴んだ。
「もう大丈夫だよ。落ち着いて、私の声が聞こえるかい?」
ティオは床へ倒れたままぐったりとしていて、反応がない。
イグノトルは鉄格子の中へ入り、ティオを抱きしめ、両翼をひろげた。
「ティオ!」
「イ……グ……」
うすく、目を開けた。
「大丈夫。すぐ楽になるよ」
ティオの胸元をはだけ、苦しみを訴える場所へ手を触れた。
呼吸がおだやかになり、信じられないような顔をして、イグノトルを見あげた。
「私だ。わかるかい?」
ほほえみ、身をすり寄せた。
甘い香りがあたりに広がる。
「あなたが……すき」
まるで、最期にこれだけは言わなければ心残りとでもいいたげに、かすかな声で。
「ティオ……」
たまらずに、イグノトルが強く、ティオを抱きしめた。
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