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全員の診察をおえ、名前がないために番号と特徴を書き入れた診察記録を王婿に託すと、誰にも異常がなかったことにほっとしながら、イグノトルは椅子をどかして扉をしめ、机を戻そうと手をかける。
顔をあげると、またそこに白い髪のティオがいるような気がして、少しだけ自分を嗤う。
彼の後から続いたティオたちは触るだけでもびくっと身体をふるわせていたのに、彼だけは何の反応もなく、淡々と診察をおえた。
「声もきけなかったな……」
(あなたがティオをこんなにしたのね!)
瞬間、出て行った妻の言葉が鮮明によみがえった。
「……そうじゃない」
祈るように両手を組んでそこに額を置き、つぶやいた。
だが、本当はそうだったかもしれない、と思い返す。
七年前、初めて至上神から預かり、養育を手がけていた初代ティオがいた。
当時、どうしても抜けられない医師の会合があり、何日か屋敷を留守にしなければならず、ティオには帰るまで屋敷から出るなと命令をした。
同じく天使だった妻にまかせておけば問題ないだろうと思い、出かけたが、緊急の知らせを受けて帰ってみると、ティオは亡くなっていた。
錯乱する妻をなだめ、話をよく聞いてみると、ティオはイグノトルに会いたいと泣きわめき、急に胸を押さえて苦しみはじめたため、妻はすぐに医師を呼んだが、かけつけた医師はティオの後頭部に、発情期に現れる赤斑を見つけ、妻をまるで犯罪者のような目で見たという。
ティオの死因は、恋する相手を失った痛みに耐えきれずに発症し、完治することのない喪失の病と呼ばれるものだった。
そして、身に覚えのない妻は、叫んだ。
「あなたがティオをこんなにしたのね!」
イグノトルも、ティオが男だったため、そういう対象として見たことはなかったが、あなたが好きだと口癖のように言って、妻より自分になついていたことは知っていた。
しかし、それがまさか恋愛感情によるものだと気づくわけはなかった。
妻はイグノトルを誤解したまま屋敷を出ていった。
子供がいなかったため、妻はティオを息子のようにかわいがっていたので、夫に対する嫌悪感はすさまじいものがあったのだろう。
イグノトルはティオを失ったショックで、弁解も、引きとめることもしなかった。
なぜ、気づいてやれなかったのだろう。
男だったから、結婚していたから、養育期の幼いティオだったから。
言い訳くさい理由ならいくらでも考えつく。でも、彼の命はうしなわれた。
もしも今、ティオが帰ってきてくれるなら、たとえ同性でも命ごと受け止める覚悟はあるのに。
半端にはぐれティオに同情したり、王婿となったティオに心を配って、このやるせない感情をなだめても、彼は帰ってこない。
イグノトルは顔をあげ、扉のほうをみつめた。
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