序章

2/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「……綺麗だな」 学校帰りの坂道でふと見上げた空の真ん中に座る月。 いつも見上げて確認しているわけじゃないが、今日の月はくっきりと目に映り、まるで自らを主張しているかのようだ。 『空というディスプレイに張り付いた画像みたいにしか見えない』 以前友人が言っていた言葉だ。 感覚としては間違っていないのかもしれない。 でも表現のしかたで価値観って奴は大きく表情を変えるらしい。 ただ俺のボキャブラリーでは他人のロマン心を鷲掴みにはできないだろうからあえて言わない。あえてだから。 というところまで一人で考えて我に返る。 「あ、時間!?」 慌てて携帯電話を取り出し時刻を確認すると時間はギリギリだった。 今日は友人から紹介してもらったバイトの面接の日だ。 内容は詳しく聞いていないが親戚の相手(子守り?)ということらしい。 今日は初日ということで時間に都合をつけ来てくれるという雇い主に、いきなり遅刻では印象も悪いし申し訳ない。 俺は慌てて走りだし、舗装された道を外れ公園を横切る。 近道になるので普段から通っている道だ。 急ぎつつも俺は公園にあるベンチに目を向ける。 今日もいた。 黒い長い髪のベンチに座る少女。 走り抜ける俺の視線に気付くと、人形のように整った顔立ちに笑顔が咲いた。 俺はぺこっと、会釈をして走りぬける。 俺たちの関係はそれだけなのだ。 歩み寄ることも話すこともなく、笑顔と会釈。 それだけの関係はもう高校に入学してから6ヶ月にもなる。 それだけの関係だった俺たちに、進展があったこの10月。 俺の人生が大きく変わったこの季節を俺は一生忘れない。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!