†開花†

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「昨夜はゆっくりとお休みになれましたか?」 「見ての通りだ」 クロアからの挨拶に、ゆっくりと起き上がりながら、淡々とした主の口調でロアは素っ気無く応える。 喩え、恋人同士であっても基本的には主従の関係を優先する二人の、何も変わらない普段通りの朝の光景。 だったが、その日は、 「ロア様、」 「なん……、」 「此方をどうぞ」 ロアが寝台の上に上体を起こし、寝起きの頭をはっきりと目覚めさせた頃合いで、クロアが寝台横の小卓に置いていた花束を差し出した。 柔らかな風合いと温もりを持つ、和紙で作られた純白の薔薇に、生花の霞草を併せ、何故か水蜜桃の香りが広がる花束。 「これは…、」 「今日は2月14日、聖バレンタイン祭です」 早朝から唐突に差し出された花束に軽く眼を見張るロアへ、クロアが柔らかな微笑みと共に花束を贈る理由を述べる。 -2月14日。 それは、婚姻し家庭を持つ事のできた生涯の伴侶となる恋人との出会いを神に感謝し、又、一年の豊穣を祈願する清めの日の祭日であり、中間界と称される、聖界と魔界の狭間にある人間達の住まう世界では、殉教者、聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する聖人の記念日。 聖界では恋人に花束を贈り、互いの愛を確かめ合う、聖界、中間界共通の恋人たちの日であった。 「そうか」 ロアはクロアから差し出された花束を無表情で受け取ると、無関心に近い一言で、和紙の柔らかな手触りと温かな風合いを生かし、まるで本物の花弁(カベン)のような花びらを、一枚一枚、丁寧に重ね造り上げられた薔薇たちを見詰め、クロアからの贈り物の意図を受け入れる。 恋人である側近から愛を確かめ合う為の花束を贈られても、無関心でしかないロアの様子。 何事にも感情を見せず、常に冷たい眼差しを浮かべ、淡々としているロアの反応。 だが、それが普段通りのロアの様子であり、クロアから見れば、無関心である筈のロアの眼差しの中に、ひどく嬉しそうな、幸福な喜びの感情が浮かんでいるのが分かった。 「薔薇の中心に、水蜜桃の蜜玉(ミツダマ)が入っています」 「蜜玉……?」 生花ではなく、和紙を使った造花である薔薇たちに、何故、水蜜桃の香りがするのかと、不思議そうな手つきでロアが薔薇に触れると、様子を察したクロアからの説明に、薔薇の花びらの中心をロアが開く。
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