236人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
遠い昔、まだ幼かったロアは母の事が大切で大好きな子供だった。
窓辺で風に揺れる長く美しい白銀の髪。
可憐な紅水晶の瞳に小さな唇。
雪白の肌に華奢で小柄な身体。
緑鮮やかな日だまりの中で楚楚(ソソ)と控え目に咲き誇る、一輪の可憐で愛くるしい薄紅の薔薇のような、ロアによく似た面差しの女性。
その女性が、幼いロアが会いに行く度に、我が子であるロアに対して、
-「貴方はだれ?」-
と、無邪気であどけなく問い掛けてくる母であった。
-「ははうえのこどもの"ロア"です」-
-「"ロア"、まぁ!素敵なお名前ね。私もいつか自分の子供に素敵な名前を付けるのよ!」-
ロアを目の前にして言葉を交わしても、我が子とは認識しない母。
-「わたしが……ははうえのこども…ですよ…?」-
-「あら、そうなの?」-
泣くのを必死に我慢するロアと、不思議そうな表情の母との噛み合っていない母子の会話。
悲しくて、辛くて、寂しくて…、父に止められても、母に自分を覚えて欲しくて、毎日、毎日、会いに行っても、
-「貴方はだれ?」-
-「母上の"息子"です…」-
-「まぁ、そうなの!」-
ロアよりも幼い少女のような、無邪気な母の微笑み。
-「それで貴方のお名前は?」-
-「… ぁ………"ロア"……と、言います。母上…」-
-「素敵なお名前ね。あのね、私もいつか自分の子供に、貴方みたいな素敵なお名前を付けるの!」-
母はロアを我が子とは決して認識しなかった。
それでもロアは母が大好きで大切だった。
ロアが7つになった年に弟のセキルが産まれ、直後に母は命を賭す忌(イマワ)の際で漸く、正気を取り戻し、
-「"ロア"…貴方の名前…私がつけたの…に…」-
そこで始めて、ロアを我が子と認識し、"ロア"と云う名が母に愛され、最初で最後に贈られた贈り物だった事をロアは知った。
我が子に素敵な名前を付けると言っていた母の願い。
-「私の事は許さなくて良いから……、セキルのお兄ちゃんになってくれる……?」-
-「……ッ……ぁ……」-
嗚咽が絡んで声が出せず、首を横に振り頷くしか出来なかった自分。
最初で最後に交わした母との約束。
そして、幼かったロアに母親に成れなかった事を何度も何度も謝罪しながら、母は産まれたばかりの弟をロアに託し儚くなった。
最初のコメントを投稿しよう!