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すると、中には虹色の包み紙に包まれた、まるで薔薇の中心に集められた朝露のような蜜玉が入っていた。
聖界に住まう者達は、基本的に神気、聖気と云った、聖界に満ちる大気を糧として居り、命を断ったモノは口にする事が出来なかったが、蜂蜜や生乳、生花から集めた花蜜などは嗜好品として口にする事ができ、蜜玉は生花から集めた花蜜を丸く固めた、花の香りと風味を、甘味と共に味わい楽しめるモノ。
滅多に物欲を示さないロアが、進んで好意を示すそれを、薔薇の花に隠して花束として贈ったクロアの粋な計らいに、無表情であったロアにふわりと真綿のような淡い無垢な微笑みが浮かぶ。
泡沫の泡のように直ぐに消えてしまう、滅多に見せない喜びに満ちたロアの微笑みに、クロアの眼差しも暖かく揺れてしまう。
しかし、然り気無くそっと、ロアは花束を大切に包み込むように抱き締めると、何を思ったのか、不意に不機嫌そうな眼差しを過らせ、
「私はお前に何も用意出来なかった……」
ポツリと沈んだ声がクロアに向けて上がった。
今日と云う恋人の日を、ロアも忘れていた訳ではなかったのだが、ロアへ贈る花束を用意したクロアとは違い、何も用意する事が出来なかったロア。
「仕方ありません」
クロアはロアからの贈り物を期待していなかった訳ではないが、ロア自身が抱える特殊な事情から、父である現聖主の許しが無い限り、第6階層より下の階層へは出られないロアの事情と、その為にクロアへの贈り物が簡単には用意できなかったロアの想いを汲み、優しく微笑む。
「聖域ならば、昨年ように私の庭で育てた花でも贈る事が出来たのだが……、」
余程、クロアからの趣向を凝らした贈り物が嬉しかったのか、それとも贈り物を用意できなかった事が悔しかったのか、昨年は聖域にあるロアの管理する庭で育てた薔薇を、自ら剪定(センテイ)し花束を作り、クロアに贈った事をロアは思い出す。
そうして、ふっーと、自らの腕の中にある花束を見詰め、
「そう言えば………、以前、バレンタイン祭についての文献を読んだ折りに、中間界の東洋の国では、甘味を伴う"菓子"と云うモノを贈ると書いてあったが……、クロア、お前は知っているか?」
花束からクロアへと視線を移し、中間界の風習について、ロアは訊ねた。
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