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「はい、確かに中間界にはその様な風習もありますが……、」
「そうか」
クロアが応えると、何故か先程とは一変して嬉しそうな響きを宿す声がロアから零れ、
「お前は甘味が苦手だったな?」
「はい、まぁ…、」
何か奇策(キサク)を思い付いた様子のロアからの問い掛けに、クロアの胸に嫌な予感が過る。
クロアの贈った、蜜玉の包まれた薔薇の花束を持っているロア。
『まさか、蜜玉を抱えた自分を……など、考えて…』
実は成人するまで聖域にある聖殿に隔離され、実父と七つ下の実の弟以外では、父の兄である叔父と従兄、遠縁の親戚にあたる教育係の兄だけの、僅か数名の身内との交流しか許されずに、ロアは育てられたせいか、16の成人を迎えた後に側近としてのクロアと出合い恋人同士と成るまで、恋情を伴う事柄を全く知らず、今でも時折、そんな突拍子もないことを口にする事がある、目の前の主こと、クロアの恋人。
『いや……だが……、まさか…、』
否定しようにもクロアの知るロアの性情を考えれば否定できない、己にとって不穏にならざる得ない考えをクロアが過らせていると、
「だが、甘味が苦手な割には、お前は時折、私を何故か甘味のように例える」
「それは…、その……、」
簡単には返答できない、クロアの予感を的中させるかのような言葉をロアが告げ、クロアが返答に窮している合間に、ふわりと水蜜桃の香りが停滞していた二人の間の空気を揺らし、
「ッ!?ロア、様…、」
薔薇の花束を胸に抱えたまま、寝台の真横に控えていたクロアの胸に突然、ロアは凭れ掛かり、反射的に抱き止めたクロアの腕の中で、
「今日一日は敬称を付けなくて良い」
クロアがロアを恋人として所有する許しを与える。
益々、クロアの胸に募る嫌な予感。
「いや…待て……ロア?」
ロアの許しを受けてクロアが恋人としての口調でロアを呼べば、ロアはクロアの胸元から顔を上げ、
「"菓子"と云う甘味の代わりに私が成る」
「はぁッ!?」
クロアの予感を上回る、ロアの一言。
「故に今日一日、私をお前の好きにしろ」
「-ッ!!」
それをクロアが混乱する思考で理解するよりも先に、真っ直ぐに迷いの無い眼差しを向け、クロアの理性を暴走させる一言を告げるロアと、祭日の始まりである早朝から、とんでもない事態に思考を停止させるクロアだった。
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