第一夜

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 嫌いになりそうだから、と彼女は続ける。これ以上近くにいると嫌いになりそうだから、と。僕は頼んだコーヒーに口をつけた。湯気が頬をなでる。香りはしない。含んだ液体には味もなく、ただ喉を通る感覚が、それを温いと感じるだけの体温とともにあった。上がる視線。彼女もコーヒーカップを見ていた。透明なレンズが渦巻く液体を反射していた。レンズに映るコーヒーを僕は見た。音に出会ったことのない湖面のような揺らめきが、スプーン1杯の砂糖に支えられている。彼女も一口コーヒーを飲む。ゆっくりと揺れる髪。同じ髪の揺れを何度も見てきた。一緒に過ごした短すぎる時間が、コマ切れの記憶が、髪を揺らしていた。カップを置いた。揺れる水面には間も無く静寂がおりた。
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