君がいたはずの夏

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彼女を抱きしめようと手を伸ばす。夏希も俺に手を伸ばしてきた。 ゆっくりと近づくその手は、彼女に触れることなく、透き通った。 俺の願いは、いくつも叶わない。 「はは」 苦笑い。俺も彼女も。 触れることさえできない俺たちは、ただお互いを見つめるだけ。 時間がどんどん流れていく。 この不思議な空間も、もう少しでなくなってしまう。 伝えたいことはもう伝えた。ありがとうも、ごめんなさいも、もういらない。 最初、話そうと思っていたことも忘れてしまった。別にいい。そばにいるだけで会話をしている気分になる。 あと、少し。あと、もう少し。 夏希の笑顔を。 「あと、十分だよ」 早い。本当に早い。 「...夏希、気づいてるんだろ?」 「......うん」 この会話の真意は、もうすぐわかる。
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