君がいたはずの夏

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ザワワ 夏希を運んできたあの風がまた吹き、木々が揺れる。 この不思議な時間の終わりを告げるように。 「夏希」 「幸ちゃん」 俺の目にうつる夏希は差し込む光と同化し始め、キラキラと輝いている。 俺はゆっくりと右手を伸ばす。 触れることの叶わなかった手、それが今彼女の背中に触れ、引き寄せる。 「ごめんな」 「ううん」 俺の体も、光に包まれていた。 俺がこの木に差し出したもの、それは俺の存在。 つまり俺は今、夏希と同じだ。 夏希を抱きしめる腕に力が入る。彼女もまた背中に手を回す。 「大好きだ」 「私も」 そしてゆっくりと唇を、重ねた。 「あっつー」 一人の青年が坂道を登り終えた。 「あれ?噂じゃここなんだけどな」 セミの鳴き声、暑い日差し。坂道を登ってすぐのところに神社はなかった。
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