1人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
第16章 容疑者の逃亡
営業部長の柳沢から、愛子に電話が掛かってきた。
「副社長、今日、専務はホテルの方に顔を見せましたか?」
柳沢の口調は、イラついていた。
「いえ、見てないわね」
「そうですか。そっちにも居ませんか…困りましたね」
「確か今日は、波田野代議士と会食をする予定ですよね」
「ええ、その席で大規模開発の打ち合わせをする予定だったのですが、時間になっても専務が現れなかったんです」
「彼の携帯には連絡したの?」
「しましたが、つながりませんでした。結局、代議士は、約束を反故にされたと激怒して、お帰りになりました。セッティングした私の面子は丸潰れですよ」
愛子は直ぐに、代議士に電話を入れてから、自宅がある上田市に車で向かった。
そして、謝りに謝り抜いて何とか事なきを得た。
愛子は、大規模開発には中立の立場を守っていたが、代議士との関係が悪化すれば、後々、他の事業にも悪影響が出るので、何とか良好な関係を繋ぎ止めておく必要があった。
上田から軽井沢に戻り、愛子は「ふーっ」と長い溜息をついた。
心身ともに疲れていた。
事ある毎に対立する柳沢と石墨の間に入って、何とか丸く収めてきた。だが、今日のことで、柳沢も堪忍袋の緒が切れたらしく、大規模開発のプロジェクトから外してくれと言い出す始末だ。
元々、柳沢は大規模開発には反対だったが、
「社長の命令ならば仕方がない」
と渋々、石墨の下について働いていたが、今日の出来事が止めを刺してしまったようだ。
そして、こんな肝心な時に限って、社長の寛司は、不在だった。何度も何度も、電話したが、繋がらなかった。
最初のコメントを投稿しよう!