唇の距離 #2

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マンションの前は静まりかえっていて、崎田さんの姿はなかった。 「あいつ、いないみたいだな」 「大丈夫だよ、もう来ないって。 この間のは戸川君と喧嘩した勢いだったんじゃない?」 「喧嘩って人聞き悪いな。あいつが一方的に噛み付いてきただけだよ。本当だからな」 ムキになってる、と笑うと、 少し拗ねたような表情で彼も笑った。 部屋の前まで行くと言う戸川君に申し訳なく思いながら、二人で階段を上がる。 階段ホールに響く、連なる二人の足音を聞きながら思い出す。 この間はここで手を引かれて上がりながら、戸川君に隠れてこっそり涙を拭ったっけ。 「この間……」 先に上がる戸川君が何か言い掛けた。 「なに?」 「いや、何でもない」 途中で止めてしまうなんて、はっきりとした物言いの彼には珍しいことだった。 彼が何を言おうとしたのか気になるうちに、部屋の前に着いた。
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