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マンションの前は静まりかえっていて、崎田さんの姿はなかった。
「あいつ、いないみたいだな」
「大丈夫だよ、もう来ないって。
この間のは戸川君と喧嘩した勢いだったんじゃない?」
「喧嘩って人聞き悪いな。あいつが一方的に噛み付いてきただけだよ。本当だからな」
ムキになってる、と笑うと、
少し拗ねたような表情で彼も笑った。
部屋の前まで行くと言う戸川君に申し訳なく思いながら、二人で階段を上がる。
階段ホールに響く、連なる二人の足音を聞きながら思い出す。
この間はここで手を引かれて上がりながら、戸川君に隠れてこっそり涙を拭ったっけ。
「この間……」
先に上がる戸川君が何か言い掛けた。
「なに?」
「いや、何でもない」
途中で止めてしまうなんて、はっきりとした物言いの彼には珍しいことだった。
彼が何を言おうとしたのか気になるうちに、部屋の前に着いた。
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