第一章「与那国海底遺跡」

2/26
前へ
/167ページ
次へ
   1.  青い世界の中を、神原(かんばら)悠(ゆう)は漂っていた。こぽこぽと音を立て、レギュレーターから気泡がゆらゆらと立ち昇る。紺碧を漂うシャボン玉のように、じゃれ合いながら飛んでゆく。  ここは、水深二五m。海の中だ。  彼はウェットスーツに包まれた、十五歳にしては小さな体の力を全て抜き、ただ波に任せて揺られている。体を少し丸める。と、背中にちょっとだけ違和感が生じた。  それは悠の背中に刻まれた“勇気”、あるいは“愛情”の証なのだが……今では、悠の心を苦しめる、元凶にまで堕ちていた。そうさせているのは、他ならぬ“自分自身”だ。  悠の周りには、色とりどりの魚たちが、戯れるように泳いでいた。  人間たちのしがらみなど関係なく、自由気ままに泳ぐ魚たちを眺めながら、悠は思う。 (『この世界は、九千年ごとに滅ぶのだ』、か……。はは。本当にそうなら、それはいつなんだろう? どうせなら……今、すぐにでも……)  そこまで考え、首を振る。背中にずき、と鈍痛が走った。 (だめだ。やっぱり、それはだめ、だ……)  鮮やかな色をまとう小さな魚たちが悠の周りを周遊する。それは悠に「どうしたの?」「何を悩んでいるの?」と尋ねているようにも見えた。  学校ではかわいいとも貧弱ともからかわれて……いや、“虐められて”いる悠は、魚にすら警戒感を抱かせないのか。魚が人に馴れているのか。あるいは、その両方か……。  ここは沖縄、八重山諸島。その中でも、もはや本島よりも台湾に近い、日本最西端に位置する与那国島だ。悠はこの島の有名なダイビングスポットである《与那国海底遺跡》にいた。
/167ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加