奇跡を知った日

3/10
前へ
/12ページ
次へ
ある夏の日に。 テニス部の高校2年生、川村泰子(カワムラヤスコ)はいつも通りの練習をこなしていた。 と、いっても自主練。 団体戦のレギュラーを狙ってはいるが、その枠に入ったことは一度もない。 後輩にも抜かされて、次の団体戦もこのままだと出してもらえないまま終わってしまいそうだった。 しかし泰子は最後まで諦めないつもりでいた。 だから、通常の夏練習が始まる1時間前から、グラウンドでサーブ練をしているのだ。 初めて彼に声をかけられたのは、そんな朝早くの練習の最中だった。 「ねぇ、君。いつもこの時間に来て練習しているけど、どうして?」 彼は、泰子の学年だけでなく学校中の有名人だった。 サッカー部の元キャプテンにして、成績もそこそこ、ルックスも良い。もちろん運動神経抜群。 彼の横にはいつも美人の彼女がいる。ただし1カ月同じ人だったことがない。 いわゆるプレイボーイ。新井陽平(アライヨウヘイ)先輩。 「…今度こそは次の団体のレギュラーに入りたくて」 「君、1年?」 泰子は身長が低いのでよく実年齢よりも小さく見える。それがコンプレックスなだけに、陽平のこの発言に少々むっとした。 「こう見えて2年です」 「へぇ~。なんで諦めないでいられるの?テニス部はもはやレギュラーメンバーが固定化しちゃってるって聞いたけど?」 陽平はからかっている体ではなかった。ただ本当に疑問に思っただけなのだろう。 しかし、その時の泰子にはそうは思えなかった。だから、言い返してしまったのだ。 「そんなのやってみなければ、分からないじゃありませんか。 あなたはスタメン枠を外れたことが無いんでしょう?だから私の気持ちがわからないんですよ。 でもだからって、そんなことを仰るのなら、あなたは引退前の試合、スタメン落ちかもしれませんね」 考えてみれば分かるはずだったのだ。どうして彼がこの時間に登校していたのかを。 そして、思えば、この言葉がすべてのきっかけだった。 この時から泰子は新井陽平に付きまとわれるようになった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加