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泰子の目が覚めたのは、病院のベッドの上だった。
カレンダーが記憶していた日より、3日進んでいるのが不思議な気がした。
訊くと生死の間を彷徨っていたのだという。
泰子の周りには、泰子の両親や、親族まで集まって来ていた。
みんな泣いて喜んでくれた。
しかし、まだ、自分は生きている価値があるのか、という疑問は頭を離れなかった。
しばらくして泰子は陽平の姿が無いことに気がついた。
泰子が母に尋ねると「さっきまでは居た」という。
もう愛想をつかされたのだ。
そう思うと少し、さみしい気がした。
体力は徐々に回復の兆しを見せていて、退院を控えた日の夕方、泰子はぼんやりと考え事をしていた。
目が覚めた3日後、いやがらせをしていた人たちが謝りに来たそうだ。
しかし母が追い返してしまった。
泰子は謝られても、なお、自分が生きていていいのかという事について、考えていた。
ガラガラ、戸が開く音がした。
ふと見るとそこに立っていたのは陽平だった。
「具合はどう?」
そう優しく取り繕ったような声には怒りがにじみ出ていた。
「体力は戻った…かな」
そのあとは、会話が続かず、くだらない世間話をポツリポツリと二人でしていた。
「ねぇ、もうお別れしましょう」
泰子が本題を切り出したのは、ずいぶん経ってからだった。
彼は何も答えない。
それが怖かったから、泰子は問わず語りでしゃべりだした。
「もう、こんなにあなたには迷惑をかけてしまったし、私みたいな女、あなたにはもったいない。
私、またいつ死のうとするか、分からな…」
その言葉が終わらないうちに、「パン」という音が病室の中に響いた。
左頬を押さえ、状況を理解するまで数秒かかった。
陽平は真剣な顔をしていた。
「昔、泰子は絶対に諦めなかっただろう?そんなお前はどこに行ったんだ?迷惑?
そりゃあ、何も相談してもらえなかったことには傷ついたけど、迷惑は1㎜もかけられていない。
いいか。辛いときに他人に頼るのは、しょうがないことだ。
それはその他人にとって迷惑なことなんかじゃない。
もう一人で抱え込むのはやめろ。
それは僕に失礼だ。僕は君のすべてが好きになったのに」
彼はそういうとしばらく自分がたたいた泰子の左頬を見ていた。
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