17人が本棚に入れています
本棚に追加
不妊治療専門クリニックの初診日。
仕事をやりくりして、午前中は有休を取り、クリニックに向かいました。
都会のオフィスビルのワンフロアに、そのクリニックはありました。
端から見ればなんの変哲もないビルです。
おそらくここの上階にクリニックがあることを気づかない人の方が多いでしょう。
エレベーターに乗る際に、運送会社の配達の方が滑り込んできました。
30歳前後でしょうか。手にした伝票の束を確認しながら、彼は慣れた手つきでエレベーターのボタンを押します。
声をかけられる前に、とっさに手を伸ばして私もボタンを押していました。
目的の階を押した時に、一瞬躊躇しました。
ここに不妊治療のクリニックがあることを彼は知っているのだろうか。
そして、私がそこに向かっていると気づいているのだろうか。
私の動揺とは無関係にエレベーターは上がっていきます。
配達の彼は私より先に、無言で降りていきました。
「閉」のボタンを押し、ドアが閉まるとふっと緊張が解けました。
彼がクリニックのことを知っていたかどうかはわかりませんし、別の階には別会社のオフィスがあります。
それ以前に、はじめて出会って、この先も二度と会うこともない他人です。
それなのに、なぜか後ろめたい気分になりました。
悪いことをしているわけではないのに。
エレベーターが止まり、降りるとすぐ目の前がクリニックの入口でした。
最初のコメントを投稿しよう!