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自分の死について語っているはずなのに、沙希の声は奇妙なほどに凪いでいた。
昔から、ずっとそうだ。
沙希はどんな未来を告げる時も、そこに感情を混ぜたりしない。
「明日の夕方、私は殺される。
ビルから突き落とされた上で、頭に銃弾を受けて死ぬの」
「……そのイメージが、視えるのか?」
久那の言葉に沙希は小さく頭を横に振った。
「私の未来視は、私の視点でしか未来を視ることができない。
私に関わる未来しか私には視えない。
……だから私は、私が死ぬと分かったの」
フェンスに頭を押し付けたまま、沙希は首を横へ振り続ける。
まるで駄々をこねる幼子のようだ。
サラリと風に揺れていた髪が次第にフェンスに囚われていく。
「今の私には、明日の夕方以降の未来が視えない。
私に視えるのは、遠ざかっていくビルの屋上と、そこから放たれる弾丸だけ。
その後は、ブラックアウトしたテレビを前にしているみたいに、何も視えない」
沙希の未来視は大体一週間先まで未来を視ることができる。
できる、というよりも、意識する、しないとに関わらず、強制的に未来を視させられているらしい。
そこに音が加わるか否かはその時々によるという話だが、視えなくなったということは久那が把握している内では一度もない。
だから沙希は、銃弾が着弾する自分が視えなくても分かったのだろう。
未来が視えないということは、未来の自分がそこにいないということ。
つまり、未来が視えなくなった時点で、自分は死ぬのだろうと。
「……それで、どうしてそれが俺を遠ざける理由になるんだ?」
「最後の景色の中に、久那くんもいたの。落ちていく視界の中で、唯一遠ざかっていかない顔だった」
沙希の未来視は、外れない。
外れるはずがない。
沙希の未来視は、本物だから。
だというのに久那の声には動揺の欠片もなかった。
おそらく瞳が揺れることさえなかっただろう。
幼馴染が、久那の死を予言したというのに。
「私と一緒に、久那くんは落ちていた」
沙希の首の動きが、ゆっくりと止まる。
「私と一緒に、死のうとしていた」
その代わりに、声が揺れた。
未来を告げる沙希の声が、初めて感情を映した。
「私は、久那くんを、殺したくない」
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