ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 久那が瞳を揺らさない代わりに、沙希の瞳が震えている。  未来を告げる沙希はいつも、黒曜石をはめ込んだような感情のない瞳をしていたのに、今の沙希の瞳にははっきりと恐怖が浮き出ていた。  その瞳に映る久那は、睫の一本さえ震わせていないのに。 「だから、久那くんを私から引き離したかった。  久那くんが死ぬという現実を、変えたかったから」  その久那が、ゆっくりと瞼を閉じていく。  久那の視界から、恐怖に震える沙希の姿も、沙希の瞳に映る人形のような自分も消えていく。 「たとえ私が死ぬという未来が変えられなくても、久那くんは……」  だが姿が消えても、胸にわだかまった不愉快な感情は消えなかった。  ガシャンッと、唐突に響いた金属音が沙希の声をかき消す。 「諦めないって言ったのは、沙希の方だろう?」  瞼を押し上げると、沙希が恐怖に身をすくませていた。  沙希の顔の横に視線を向けると、沙希が背を預けたフェンスがわずかに形を変えていた。  その中心には、久那の手がある。  久那が手を引き抜くと、フェンスは元の姿に戻ろうとわずかに身を軋ませた。  だがどれだけ元に戻ろうとしても、完璧な姿にはもう二度と戻らないだろう。 「なのに、どうして『沙希が死ぬ』という未来を変えるということを諦めているんだ?  冷めた顔をさらす俺の前で、未来は変えられるっていつも孤軍奮闘していたのは、沙希の方だったじゃないか」  手元に引き戻された久那の左手から、パタパタと静かに雫がこぼれていく。  沙希の視線がぎこちなく音源へ動き、久那の傍らにできる深紅の水溜まりに固定された瞬間、沙希の体がさらに強張ったのが分かった。 「俺は、そんな未来、認めない。  沙希を殺させなんかしない」  そんな沙希の体を、久那の無事な右手が無理矢理引き寄せる。  とっさのことに抵抗できなかった沙希は、足を縺れさせながらも一歩久那の方へ踏み出した。  それを確認した久那は、沙希を引きずるようにして歩きだす。 「俺の未来視で否定してやる」
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