15人が本棚に入れています
本棚に追加
久那が瞳を揺らさない代わりに、沙希の瞳が震えている。
未来を告げる沙希はいつも、黒曜石をはめ込んだような感情のない瞳をしていたのに、今の沙希の瞳にははっきりと恐怖が浮き出ていた。
その瞳に映る久那は、睫の一本さえ震わせていないのに。
「だから、久那くんを私から引き離したかった。
久那くんが死ぬという現実を、変えたかったから」
その久那が、ゆっくりと瞼を閉じていく。
久那の視界から、恐怖に震える沙希の姿も、沙希の瞳に映る人形のような自分も消えていく。
「たとえ私が死ぬという未来が変えられなくても、久那くんは……」
だが姿が消えても、胸にわだかまった不愉快な感情は消えなかった。
ガシャンッと、唐突に響いた金属音が沙希の声をかき消す。
「諦めないって言ったのは、沙希の方だろう?」
瞼を押し上げると、沙希が恐怖に身をすくませていた。
沙希の顔の横に視線を向けると、沙希が背を預けたフェンスがわずかに形を変えていた。
その中心には、久那の手がある。
久那が手を引き抜くと、フェンスは元の姿に戻ろうとわずかに身を軋ませた。
だがどれだけ元に戻ろうとしても、完璧な姿にはもう二度と戻らないだろう。
「なのに、どうして『沙希が死ぬ』という未来を変えるということを諦めているんだ?
冷めた顔をさらす俺の前で、未来は変えられるっていつも孤軍奮闘していたのは、沙希の方だったじゃないか」
手元に引き戻された久那の左手から、パタパタと静かに雫がこぼれていく。
沙希の視線がぎこちなく音源へ動き、久那の傍らにできる深紅の水溜まりに固定された瞬間、沙希の体がさらに強張ったのが分かった。
「俺は、そんな未来、認めない。
沙希を殺させなんかしない」
そんな沙希の体を、久那の無事な右手が無理矢理引き寄せる。
とっさのことに抵抗できなかった沙希は、足を縺れさせながらも一歩久那の方へ踏み出した。
それを確認した久那は、沙希を引きずるようにして歩きだす。
「俺の未来視で否定してやる」
最初のコメントを投稿しよう!