ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 だがその震えは長くは続かなかった。  震えが弾けたかのように、沙希が勢いよく顔を上げる。  再び久那の視線の前にさらされた瞳は、怒りに燃えていた。  沙希がここまで怒りを露わにしたのは、初めてのことかもしれない。 「私がどんな思いであの電話をしたと思ってるのっ!?  私がどれだけ、自分勝手な願いで苦しんだと思ってるのっ!?  あのまま電話をしないで、ただ明日の夕方を待つこともできたっ!!  久那くんと人生の最期の瞬間を一緒にできるなら悪くないって……っ!!  でも、でも……っ、私には、久那くんはとっても大切な人だから……っ!!」  沙希は久那がさっきの言葉を口にするところを、視ていなかったのだろうか。  視て知っていたのであれば、ここまで感情的になることもないはずなのに。 「でもっ、久那くんには、生きていてもらいたかったから……っ!!  大切だからこそ、生きていて欲しかったからっ、だから……っ!!」  そんなことを思いながら、久那は沙希へ手を伸ばす。  視界にも思考にもぼんやりと霞がかかっていて、考えが上手くまとまらない。  自業自得とはいえ、血を流し過ぎたのだろうか。  こんなに頭が回らないことなんて、滅多にないのに。  沙希の言っている言葉の裏を読むことができない。ふわふわする。  沙希の言葉が、久那の心を温める。  沙希が泣きそうな顔をしているのに、嬉しいなんて異常だ。 「嫌いなわけないじゃない。  離れたいわけなんて……。  私は、久那くんのことが……」 「……随分と感動的な場面に水を差して恐縮だが……」  だがその心地よい温もりは、氷水を浴びせかけられたかのように消えてしまった。  ふわふわとたゆたっていた意識がはっと引き戻される。  沙希が体を強張らせながらも、声の方を振り返ったのが分かった。 「俺達も、仕事だからな」 「もうちょっと待っても良かったと思うけど……」 「残業代なんて支給されないだろうが」  恐怖に体が強張るなどという、常人らしい反応はできなかった。  久那は、親しい友人にごく普通に声をかけられたかのように、声の方を振り返る。  おそらく、向けられた顔に感情らしいものは、一切表れていなかっただろう。 「俺達、掃除人には」
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