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静かな部屋に響くのは、軽やかなタイピング音だけだった。
沙希は膝を抱えて床に座り込んだまま、ぼんやりと床を眺めていた。
青白い光が影を落とすこの部屋は、まるで水槽の底にいるような気分にさせる。
三台のパソコンが数秒単位で表示を変えるせいか、まるで本当に水面で光が反射しているかのように影がユラユラと踊っていた。
……私がただの魚だったら、こんな風に掃除人に追われることもなかったのかな。
沙希は幻想的なダンスを見るともなく眺めながら、心の片隅でそんなことを思った。
……でも、私が魚だったら、こんな風に久那くんと出会うこともなかったんだろうな。それは……
「嫌、だなぁ……」
こんなことに巻き込んでおいて、そんなことを思うのは最低なのかもしれない。
少なくとも、沙希が久那と関わっていなければ、久那がこんな目に遭うことはなかった。
だがそのことを理解していても、沙希はこう思ってしまう。
久那くんの傍にいたい。ただ、それだけでいい。
「沙希。眠いなら、俺の部屋で寝ていてもいいんだぞ?」
その時、ふわりと沙希の頭に優しい温もりが触れた。
手を離している暇などないはずなのに、久那はもう片方の手で忙しくキーボードを叩きながらも、沙希の頭に乗せた手を元に戻そうとはしない。
「……ううん。眠たくないから」
「そうか」
久那は学校を出て、真っ直ぐここに向かった。
それからずっと、キーボードを叩き続けている。
何度か沙希に質問が飛んだが、それ以外に口を開いたのは今が初めてだ。
沙希は久那の手の温もりを感じながら、瞳を閉じた。
心は、どこまでも静かだった。
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