ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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「ねえ、久那くん」 「何だ?」 「ここにいること、先輩達は分かっているのかな?」 「分かっているだろうな。  『リコリス』には処刑執行人である『赤』をサポートする、情報処理専門官『黒』がついている。  俺達が今ここにいることなんて、筒抜けだ」 「突入とかって、してくるのかな?」 「あまり事を大きくしたくないから、突入なんていう派手なことはしない。  だが、潜入くらいはお手の物だ。  殺し屋というか、暗殺者だからな。掃除人は」 「じゃあ、日が昇ったら出ていかなくちゃね。  久那くんの家族に、迷惑かけるわけにはいかないし」 「家族、なんていう温い感情はここにない。  だが、この家の誰かが『リコリス』と繋がっているかもしれないから、ここを出ることには賛成だな」  どんな問いを口にしても久那の答えはよどみなく、答えを告げる声に感情はなかった。  自分の血族に関する話が出ても、その冷たさは変わらない。 「……気にするな」  久那の答えに沙希が傷付くことが見えていたのか、久那はポンポンと軽く沙希の頭を撫でるとキーボードの上へ手を戻した。 「俺にとっては、これが普通だから」  何度もこの家を訪れたことがある沙希だが、沙希は一度もこの家で久那の家族を見たことがない。  家族、というよりも、人間、と言った方が正確かもしれない。  この広い豪邸には、久那の家族と血縁、そしてお手伝いさんが何人も住み込んでいるらしいが、沙希が行き来する範囲に、人の気配は皆無と言っていいほどにない。  特に沙希がいるから遠慮して、という理由ではなく、久那に言わせれば人の気配がある方が異常なのだという。  それで困ることはないのかと、以前問うたことがある。  久那の答えは、『家事の一切は自分の目に触れない所でなされているから、不便はない』とのことだった。  両親とは小学生になった頃から顔を合わせておらず、他に兄弟がいたかは忘れてしまったらしい。  何か連絡したいことがあればメールが飛ぶようになっているようだが、そのメールも中学卒業以降は来ていないと、何かの折に聞いたことがある。  これが、長谷家。一般人とはかけ離れた世界を生きる一族の家。
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