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忘れられない、思い出がある。
そう、あれは俺がまだ幼稚園に通っていた頃。
「ねえ」
今と変わらない、サラリと揺れる長い黒髪。
大きくて、相手の全てを呑み込んでしまいそうな瞳。
「このあたりに、どうぶつのおいしゃさんがいないか、しらない?」
その両手に乗せられていたのは、今にも死んでしまいそうな小鳥だった。大きな獣にでも襲われたのだろう。美しい羽根が飛び散り、血がにじんでいる。
だが少女はそれに怯むことなく小鳥を優しくその掌(たなごころ)に乗せていた。
「……見つけても、意味がない」
俺の言葉に少女は大きな瞳をわずかに震えさせた。
その瞳の中に、当時すでに表情をなくしていた俺の冷たい顔が浮かんでいたのを覚えている。
「その小鳥は、五分以内に死ぬ。もう手の施しようがない」
誰もが見て分かる事実だった。だが俺がその言葉を口にすると重みが違った。
『先見の子』『禍罪(まがつみ)の子』『鬼子』
誰がそう最初に呼んだのかは知らないが、全部当時の俺のあだ名だ。おそらく親の誰かがそう言っていたのだろう。幼稚園児が思い付くにはいささか難しすぎる言葉ばかりだ。
俺が告げる未来は、全て現実になる。
まるで未来が見えているかのように、将来のことを当然起きることとして口にする。そしてその言葉は決して外れない。
未来を見る幼子。
そう恐れられ、敬われ、子供と言わずその親にまで、俺は顔と名前を知られていた。
当然、周囲の子供達が近付いてくるはずもない。恐れが強すぎたのか虐められることはなかったが、こんな風に声をかけられることはとても珍しかった。
もしかしたらこの少女は自分のことを知らないのだろうか、とも思った。
だから俺は少女の方へ向き直るともう一度口を開いた。
「俺が何って呼ばれているのか、知っているだろ? ……あきらめろ」
そしてそのまま、少女の横を通り過ぎる。
「……あきらめないよ」
だがその足は、妙に凪いだ声に引きとめられた。
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