ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

20/40
前へ
/40ページ
次へ
 久那のことは好きだが、沙希はこの家を好きにはなれなかった。  未来視という、一般人からかけ離れた力を持つ沙希だが、家族はごくごく一般的な生活を営んでいる。  家に帰れば父がいて、母がいて、三つ年下の妹が一人いる。  毎日顔を合わせて、一緒にご飯を食べて、何でもないことで泣いて、笑って、時に怒られて。  沙希はそんな家で、生きてきた。  だから、沙希の感覚で言えば、久那の家族は『家族』ではなく、ただの『同居人』だ。  アパートの隣人くらいの感覚かもしれない。  そんな現実が悲しくなるし、そんな現実を当然と受け止めて悲しいとも思わない久那を、寂しく感じる。  ……久那くんにとって、私はどんな存在なんだろう?  沙希は時々、そんなことを思う。  久那にとって沙希は、家族みたいにいてもいなくても同じような存在なのだろうか。  もしも未来が変わって、久那だけ生き残って沙希だけ死んだら、久那はいつか、いたかいなかったか分からなくなった兄弟のように、沙希のことも忘れていくのだろうか。  そんなことを思うと、胸が痛い。  もしかして、久那にとって沙希の死は、悲しむほど大きな出来事ではないのかもしれない。  忘れてほしくない。  だけど、悲しませたくない。  そんな沙希の葛藤が無意味なほどに、久那の中で沙希の存在はちっぽけなものなのかもしれない。 「……ねぇ、久那くん」  沙希が、久那の未来だけでも変えられるかもしれないと感じたのは、久那が被弾する光景が視えなかったからだ。  だからもしかすると久那は、今のまま事が進んでも生き延びられるかもしれない。  だが沙希には、もう未来がない。  これはもう確定してしまっている。  久那がどう足掻こうとも変わらない。  だから沙希は、ずっと口にできなかった言葉を初めて口にした。 「久那くんにとって、私って、どんな存在なのかな……?」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加