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「掃除人であるあなたには、言われたくありません」
久那はすげなく言い放つと、会話はこれで打ち切りとばかりに教室の中へ身を翻した。
もうそろそろ一限の授業が始まる。
タイムリミットだ。
目立つ行為を避けなければならない以上、鈴見綾もこの場からは離れるはずだ。
とりあえず次の休み時間まで安全を確保することができる。
「ねぇ、長谷久那くん」
チャイムが鳴り、廊下の角から先生が姿を現す。
その中にそっと忍び込ませるように、鈴見綾は囁いた。
「もしかして、私が君を殺すためにここへ来たとでも思っているの?」
振り返るよりも、鈴見綾が久那の手首を取る方が早かった。
バツンッと全身に、文字通り電撃が走った。
「っぁっ!?」
「大丈夫っ!? 久那くんっ!!」
久那の体が、言うことを利かずにくず折れる。
鈴見綾が白々しく悲鳴を上げた。
その瞬間、謀ったかのように先生が戸口をくぐって教室に足を踏み入れ、倒れ込んだ久那とその傍らに膝をつく鈴見綾を見て目を瞠る。
「おい、どうした長谷っ!?」
「朝から気分がすぐれなかったみたいで心配していたんですけれど……。
無理して、倒れちゃったみたいで……。
私、今から保健室に連れて行きますっ!!」
「君は? このクラスの生徒じゃないよな?」
「私、三年二組の鈴見です。
久那くんとはイトコで家も近所なんです。
久那くんのお母さんから気をつけておいてほしいと連絡をもらって、とりあえず今、様子を見に来たんですけれど……」
鈴見綾はすらすらと嘘を並べたてると、久那の片腕を肩に上げて引っ張り上げるように立ち上がる。
鈴見綾の体付きは華奢なのに、男子高校生として平均的な体付きである久那の体は信じられないくらい軽々しく持ち上がった。
掃除人として武器を振るうために、鍛えてあるのかもしれない。
「そ……そうなのか。じゃあ、とりあえず、よろしく頼む」
だがそんな事情を先生は知らない。
傍から見れば、久那は鈴見綾に支えられながら自力で立っているように見えるのだろう。
イトコ云々のくだりも、今ここで確認できることではない。
そもそもこの場面でそんな嘘をつく理由を思い付かないはずだ。
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