ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 遠宮龍樹の視線の先には、エレベーターの扉があった。  『リコリス』の権限で貸し切りにされているのか、今までそのエレベーターの表示が一階から動くことはなかった。  だが今、その表示がゆっくりと動いている。 「違う形で関わっていたら、是非とも『リコリス』にその腕が欲しいと言われた」  ゆっくりと、数を増やしている。  ドクンッと、久那の胸が騒いだ。こんなこと、今まで一度もないのに。 「まあ、たらればの話をしても意味などないが」  遠宮龍樹が、静かに日本刀を抜いて久那の首筋に添える。  それを見た鈴見綾が、エレベーターの扉の前から身を引いた。  静かな屋上庭園に、エレベーターの昇降音だけが響いているような気がした。 「そんなものを話しても、過去や未来は変わらない」  夕日が一際紅く、禍々しく、空を染める。  その中にポーン、と、間の抜けた電子音が響いた。 「……未来視っていうのは、本当に便利だな。  場所も行動も指示しなくて済む」  少しだけ大きくなった遠宮龍樹の言葉は、久那に聴かせるためのものだったのだろうか。 「視た未来のままに、行動すればいいのだから」  それとも、エレベーターの向こうから現れた沙希に向けられたものだったのだろうか。 「……沙希」  沙希は鈴見綾の目の前を通って、屋上庭園に足を踏み入れた。  役目を終えたエレベーターは扉を閉めると階下へ帰っていく。  逃げ道のない舞台の上に、役者が出揃った瞬間だった。
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