ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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「沙希、どうして……。  『来るな』って言った時に『分かった』って言ったじゃないか……っ!!」 「……遠宮先輩、刀を引いてください。  私は、逃げも隠れもしない。  殺したいのは、私なんでしょう?」  沙希は久那の言葉に答えなかった。  体はどこにも力みのない自然体のまま、真っ直ぐに遠宮龍樹に向かって歩を進めていく。 「電話でも、伝えたはずです。  『脅さなくても、私が死ぬ未来は変わりません』と」  沙希だけを見つめていた久那に、遠宮龍樹の反応は見えなかった。  しばらくの静寂のあと小さな溜め息が続き、日本刀が久那の首から外れる。 「……お前は、足掻かないんだな」  遠宮龍樹も、久那のことは見ていないようだった。  人質としての役目を果たしたから、もう注意を向ける必要性がないのか、それともいつでも殺せる間合いの中に久那が入っていればいいと思っているのか、久那には判断できない。 「死ぬと分かっているのに、ここまで静かな人間はなかなかいない。  末期の病人だってもっと足掻くぞ?」 「私が視た未来は、変わりません。  私は、今、ここで死ぬんです。銃殺でしたよ」 「……これは、長谷久那もさぞ救いがいがないだろうな」  遠宮龍樹は呆れたように呟くと日本刀を鞘に納め、鈴見綾の方へ視線をやった。  沙希の言葉に従って銃殺にしようとでも考えたのだろうか。  鈴見綾は太股に拳銃のホルスターを吊っていたが、遠宮龍樹は服のラインを見る限り、拳銃は装備していない。 「救われようとしている本人が、すでに生きることを諦めているのだから」  沙希は、遠宮龍樹と五歩の間を残して足を止めた。  遠宮龍樹は、座り込んだまま立ち上がれずにいた久那の襟首を掴んでわずかに立ち位置をずらす。  沙希の後ろを取るように鈴見綾が立った。 「死ぬことが死ぬほど嫌で掃除人になった俺達は、きっと一生、お前の考え方が理解できない」 「……死ぬ前に一つだけ、訊いてもいいですか?」  遠宮龍樹が思わずといった体でこぼした言葉にも、久那は反応できなかった。  沙希が死ぬという流れが、この場で確定してしまっている。  遠宮龍樹も、鈴見綾も、赤谷沙希当人もその流れを当然だと思っている。  久那が納得しないままで、流れていく。
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