ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

33/40
前へ
/40ページ
次へ
 遠宮龍樹の拘束が解けていた久那は、全力で沙希の体に跳び付いていた。  沙希の後頭部からずれた銃弾が、久那の耳のすぐ隣を通過する。  ほぼゼロ距離の位置から放たれた銃弾は、その衝撃で久那の鼓膜を破いていった。 「俺が未来を変えてやるって、言ったじゃないか」  沙希を抱えたまま久那はフェンスを飛び越え、はるか虚空から身を躍らせた。  眼下には大河。  アクア・インスパイアビルは、その半分がこの川にせり出すように建てられている。  川に背を向けている沙希には、空を背景にアクア・インスパイアビルの屋上が遠ざかっているように見えるのだろう。  三日前に視た通りに。 「俺は、俺を殺しても、沙希を生かしたい」  たとえこの国が、何よりも人の命は軽いと考えていても。  『リコリス』が片付け者リストに沙希の名前を載せようとも。  長谷久那にとって、赤谷沙希の命は何よりも重いものだから。 「だから、未来から、逃げない」  沙希が耳元で何かを叫んでいる。  だが破れた鼓膜は沙希のやわらかい声を拾ってはくれない。 「沙希の未来を、俺が変えてやる」  背後で火薬が破裂する音が響く。  久那の体を衝撃が襲い、視界が真っ赤に染まり、最後は暗く塗りつぶされた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加