ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 ……目を開くと、周囲は真っ暗だった。  目を瞬かせると、おぼろげに周囲の様子が見えてくる。  見慣れない天井に、見慣れない真っ白なカーテン。見慣れない機械。  ……ああ、確か、病院にいるんだっけ?  体がまだ起こせないのは、半年近く昏睡していたから。  そうやって、父や母を名乗る人達が教えてくれた。  でも、一体私は何をして、半年近くも眠るはめになったんだろう。  考えると頭が痛んで、深く考えることができない。  右のこめかみをかすめるように、大きな傷があるんだっけ?  昏睡している間にふさがったっていう話だったけれど、その傷がまだ尾を引いているのだろうか。 「……赤谷沙希さん?」  ふと、やわらかい声が耳に忍び込んできた。  声の方に視線を向けると、真っ黒な服に身を包んだ女の人が立っていた。  栗色で微かにウェーブがかった髪は、ツインテールにされている。  ゴシックワンピースの胸元に飾られている花は、暗闇の中でも真っ赤だと分かった。  ……彼岸花、だろうか。  髪と同じ栗色の瞳は、この闇の中でも微かに光っていて、静かに私のことを見つめていた。 「……あなた、誰?」  友達、なのだろうか。  そうであるならば申し訳なかった。  今の私は、家族のことも覚えていない。  お医者さん風に言うのであれば、対人関係の記憶が欠落している、らしい。  思い出せるかどうかは、まだ分からない。 「未来は、視えますか?」  でも、女の人はそんなことは、気にしていないみたいだった。  私の言葉には答えず、不思議な質問をしてくる。 「? ……未来って、普通は、見れないものだと思いますけど……」  この人は、看護師さんなのかな?  こんな夜中に病室に入れる人なんて限られている。  でも、だとしたらこの黒服は一体何なんだろう。 「長谷久那という人物を、知っていますか?」  看護師さんかもしれない女の人は、また私の答えに関係のない言葉を口にした。  会話をする気は、ないのかもしれない。  夜中の回診ならば、後も押しているのだろう。 「はせ……ひさな………」  私はその名前を繰り返した。  今まで口にしたどの名前よりも、舌にしっくりくる名前。  唇に乗せるだけで、少しだけ、心が温かくなる。
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