ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 龍樹の独白に、沙烏が初めて龍樹の方を振り返る。 「部外者であった時点で、『リコリス』上級幹部の一握りしか知らない俺の通り名を掴んだ人間だ。  ……このままで留まる器ではあるまい?」  あの時、夕焼けの空を背景に、まだ長谷久那と名乗っていた沙烏と、未来視の力を持っていた赤谷沙希が川に飛び込んだ後。 『俺は、あなたの秘密を知っている。  赤椿、あなたが鈴見綾のために、この秘密を抱えていることも』  その場からは逃げ出せても、あの周囲一帯は龍樹が本庁に要請した掃除人達が張っていた。  長谷久那と赤谷沙希はすぐに引き上げられ、龍樹の前に突き出された。  綾はアクア・インスパイアビル封鎖に関する解除手続に出向いていて、その場にはいなかったと記憶している。  飛んだ二人に追いすがるように土壇場で綾が放った弾丸は、赤谷沙希のこめかみをかすってはいたが、息の根を完全に止めることはできていなかった。  綾の追撃を逃れた上に、あの高さから飛び込んで命があるとは、相当以上に悪運が強い人間だと、龍樹はわずかに感心していた。 『そして片付け者になった者でも、それ以上の価値を『リコリス』が見出せば……片付ける以上に生かす価値があるとみなせば、片付け者に指定された者でも、生き延びることが許されることも、俺は知っている。  鈴見綾の今の養父母……鈴見文也(ふみや)と鈴見春日(かすが)のように』  掃除人に囲まれても、長谷久那は腕の中に庇った赤谷沙希を離さなかった。  それどころか目の前に立った龍樹を鋭く見据え、取引に応じろと脅してきたのだ。 『遠宮龍樹、あなたは言った。  「違う形で関わっていたら、是非とも『リコリス』にその腕が欲しいと言われた」と』  自分が『リコリス』専属の情報処理官になる。  だから赤谷沙希を片付け者リストから外せ。  外さないというのであれば、遠宮龍樹の秘密を公にさらした上で、自分もここで死ぬ。  その代わり、赤谷沙希を片付け者リストから外し、この先も身の安全を保証すると言うのであれば、自分は『リコリス』に隷属する。  赤谷沙希がその意思の下に自由に生きている限り、離反も抵抗もしない。
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