15人が本棚に入れています
本棚に追加
『あのね、久那(ひさな)くん。
……もう、一緒にいないでほしいの』
電話越しに聞こえてきた声に久那の喉がヒュッと変な音を立てた。
暗い部屋の中。
深夜二時。
広い邸宅で寝起きする久那の耳を震わせるのは、ケータイから聞こえてくる沙希(さき)の声だけだった。
『私、彼氏……できたの。
だから、もう、久那くんとは一緒にいられない。
誤解されるような行動は、もう……したくないの』
「……それは、いつの話だ?」
滑り落ちた声に、動揺は欠片も存在していない。
久那は感情を表すことのできない自分に心の底から感謝した。
そうでなければ見苦しくケータイに怒鳴りつけていたことだろう。
『今日の、放課後。相手に、校舎裏に呼び出されて……』
沙希の声にも、動揺はない。ある意味、それは当然なのかもしれない。
沙希には未来が視えている。
久那達一般人が目の前の光景をごく自然に眺めるような感覚で。
この展開をもう視知っているのであれば、動揺する必要性などどこにもない。
「相手は?」
だが、沙希の声から、感情は消えない。
『……遠宮(とおみや)先輩』
沙希の声は苦しそうだった。
その苦しさにあえて名前をつけるならば、悲しみや後悔になるだろうか。
温度も形もないのにやわらかく温かいと感じる沙希の声は、その苦しさに震えている。
別れを切り出されたのは久那の方なのに、まるで機械が応答しているかのように冷徹な久那の声は、常とまったく変わることなく静かすぎるほどに静かだった。
「遠宮先輩と、付き合うのか?」
『うん。だから……バイバイ』
返事は肯定でされ、通話は一方的に切られた。
ツー、ツー、と、久那の声に負けず劣らず冷たい機械音が響く。
もう沙希の声が聞こえないことを数秒かけて確かめた久那は手からケータイを滑り落としながらベッドの上に倒れ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!