ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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 告白されて、付き合うと決めた。ならば沙希は少なからず相手に気があったということだ。  遠宮先輩というのは、三年に在籍しているあの遠宮龍樹(たつき)で間違いはないだろう。  眉目秀麗で頭脳明晰と名高いあの遠宮龍樹から告白されたというのであれば、余程の理由でもない限り断るいわれはない。付き合ってプラスになることはあれども、マイナスになることは絶対ないと断言できる。  沙希が決めたことに久那が文句を言う筋などない。  久那と沙希の間には幼馴染という間柄以上の関係などないのだから。  祝福してやるべきだと、理性では理解している。  だがどうしても祝福する気になれないのは、なぜだろう。 「……こんな未来、俺は読んでない」  付き合うことを決めたのは沙希であるはずなのに、最後に聴いた沙希の声はどうして泣く直前のように涙で揺れていたのだろうか。それとも久那の耳がそう捉えただけで、現実の沙希は喜びに満ち溢れているのだろうか。 「……遠宮龍樹、か……」  沙希の相手としてどうしても違和感が拭えないのは、久那の見苦しい悪あがきなのだろうか。  久那はベッドに倒れ込んだまま瞳を閉じる。  頭の中では自分が知りうる限りの遠宮龍樹に関する情報が広げられていた。  遠宮龍樹。三年二組十七番。  身長百七十三センチメートル。体重七十二キログラム。  学年首席。しかし出席日数は卒業ギリギリ。  高級マンションに独り暮らし。  親はいない。後見人がいるにはいるが、血縁関係はない。  ここまでが学校のデータベースから引き出したもの。  整った顔立ちで女子に限らず憧れの視線を集めているが、当人は周囲に人を近付けさせるようなタイプではない。どんな時でも一人で行動し、あまりに冷たい雰囲気に声をかけられる人間は皆無。唯一の例外が三年の女子にいるらしいが、彼女は遠宮龍樹の養父母の実の娘で、昔は同じ家に暮らしていたらしく、彼女などではないらしい。その養父母も今は亡くなり、実の娘も別の家に養子に出ている。  これが噂と、久那の実感を合わせた情報。  全てをひっくり返して実感したのは、はっきりとした違和感だけだった。
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