ー水底(みなぞこ)に沈めた華ー 

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「沙希」  聞こえるはずのない声に、沙希は思わず肩をはねさせた。 「話がある」  恐る恐る振り返るとそこには、誰よりも見慣れた幼馴染が立っていた。 「……もう、近付かないでって、言った」  久那がここに来ることは視えていた。  だが、いくら事前に視えていても、驚きが消えることはない。  心の準備をしていても『来るはずがない、そんなことにはならない』という思いは心のどこかにこびりついている。  そのわずかな思いが報われることなどないということは、嫌になるほど知っているのに。 「沙希は嘘をついている。だから、あの言葉は有効にはならない」  風の吹き荒ぶ屋上へ、久那が足を静かに踏み出す。  昨日視た通りに。  沙希は一歩足を引きながらキュッと両手を握りしめた。  今のところ、沙希が視た通りに現実は進んでいる。  だがこの先は、何としてでも変えなければならない。 「何が嘘だというの?」  今までずっと、沙希は久那の未来視に甘えてきた。  久那は唯一、沙希と同じものを視る存在だ。  久那の傍にいれば、沙希はごく普通の少女でいられた。  条件さえ揃えば、久那の方が沙希の視る未来よりも先の未来を見ることができたから。  そんな魔法使いみたいな久那の傍が、沙希には心地良かった。  自分は特別な存在なんかじゃない。  久那はいつも、そんな安心感をくれた。 「私は、遠宮先輩の彼女になったの」  でもこれ以上、甘えてなんかいられない。  何としてでも、久那を突き放さなくては。 「だから、もう、久那くんとは、一緒にいられないの」
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