ハチとミツ

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部室に安田が入ると、いつもは渋谷が寝ているソファから、長い足がのぞいていた。 「おーくら?」 一年下の男前は、ドラムスティックを握ったまま爆睡している。 「寝れる時によう寝とき」 安田は思わず微笑んで、ヘッドフォンを装着し個人練習を始めた。今日はアンプにつながっているかをしっかり確認して。 大倉は頑張っている。 少しでも早く上達しようと毎日かなり遅くまで練習しているという噂が方々から漏れ聞こえた。 だが、大倉は努力をひた隠す性格らしく、安田の前では飄々としているだけだった。 そんな、妙に古臭い考えを持つ大倉の頑張りが、安田にはとても愛らしく嬉しかったのだ。 さすがに一時間以上経っても起きる気配すらない大倉を起こそうと、安田は大倉の顔をのぞく。 幸せそうな寝顔にちょっとドキッとして、やはり男前だなと思うのだった。 「おーくら」 「…」 「おーくらぁ、起きてぇ」 「…」 「おーくら!」 「ん~。おかわりぃ」 「ぶっ!」 安田は寝言を言う大倉の形の良い唇は、夢の中でも飽食なのかと笑いを堪えるのに精一杯だった。 「何食うてんの~?」 安田は大倉の隣に立て膝し、蠢く唇に指で触れた。瞬間に大倉の唇は安田の短い指を食み、微妙な顎の動きで咀嚼し始めた。 「おーくら!ちゃうで!食いもんちゃうで!」 安田の抵抗もむなしく、安田の指は大倉の唾液でベタベタになった。 「ハチミツ舐める熊か、お前は」 引き抜いた指をハンカチで拭いなから、安田は突如生まれた妙な気持ちに戸惑っていた。 「なんやろ、なんか、もやもやするわぁ~」 ふと見れば大倉の口許も、唾液でぬらぬらしている。 「拭きましょね~」 顔を近づけハンカチで拭おうとしたが、なぜか舐めてしまったほうが早いような気がした安田は、小さな舌先で大倉の唾液を舐めとった。 「起きんな」 それでも起きない大倉の顔を見つめ、気にしている吹き出物が浮き出た細い顎を優しく撫でてから、そっと唇を合わせた。 暖房の風に、青いカーテンが揺れていた。
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