悪魔が僕を

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面談からまともに村上としゃべっていない。 横山は村上の答案用紙を採点しながらそのことに気がついた。 思えば、経済学部を志望する村上の第3志望に史学部が入った時点で、今の事態を想定していれば良かったのだ。 否。 この状況を望んでいた自分に、呆れ返る。 * 『せんせ』 横山は村上が入学してからずっと担任だった。直情的だが、素直で可愛い生徒だと思っていた。 2年進級時、生徒は文系か理系かを選択し、それに基づいてクラス分けが行われる。経済学部志望の村上は文系を選択した。 選択科目の歴史は日本史か世界史を選ぶことになっていたが、両方を選ぶツワモノもおり、その一人が村上だった。 ただ、情報量の多さに当時の村上の頭はパンクしかかっていた。 『フランスでこんなんなってて、ロシアで革命あってぇ、そん時日本はこうでしたぁいうのんが、めっちゃくちゃになりよんねん!』 抱えきれないストレスに震えながらアドバイスを求めてきた村上に、横山は含み笑いながら半紙を裏返して何本かの線を引いた。 『ヒナ、縦で覚えようとするからアカンねん。横や、横』 『ヨコォ?』 一瞬、自分の愛称を呼ばれたようで照れたが、横山はそのまま説明を続けた。 『横が国、縦が年号。こうすると、17世紀のフランスはこうで、日本はこうやって一発でわかるやろ?』 『うわぁ、ホンマやぁ』 『世界史の一覧表に似たようなのついてるけど、アレ、細かすぎて使えへんし、自分で頭整理するのにこんなん書いたら、入りやすいんちゃう?』 『せんせぇ、おおきに!』 『仕事やから別にええよ』 『仕事とか、そんなん言わんでもええやん!』 村上は口を膨らませた。 『じゃあ、何?』 『なんやろ、せんせぇ、なんでそんなに優しいん?』 『えっ?優しいか?』 『優しい。めっちゃ優しい。なんでなん?』 『なんでて…』 (お前が好きやからや) 『ヒナが一生懸命やからかな。今度の期末テスト、期待してるで』 『うわぁ、もう期末かぁ!なんもやってへん!』 『もう遅いから寮戻れ』 『ハイ、せんせぇ!』
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