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「米、ウマイわ~!」
安田の計らいもあり、秋口から交流を持ち始めた2人は、お互いのパーソナルスペースに入りすぎることもなく、程良い均衡を保っていた。
幸せそうに咀嚼する大倉の隣で、錦戸が空になったプラスチックの容器と割り箸をビニール袋に押し込んで口を縛っていると、フェンス越しに自分たちを見て騒ぐ数名の女子高生の姿を見つけた。
頬を染めては黄色い声をあげ、 気が触れたように笑っては、重そうな体を揺らして実に愉しげだ。
「隣の女子校の娘らかな」
「そうちゃう?」
大倉は見向きもせずにペットボトルに口をつける。
「お前、もっと興味持てよ」
「どうせ亮ちゃん見て騒いどるんやろ」
「大倉こそ、最近騒がれとるで?」
錦戸が隣の膝に触れた瞬間、女子高生のボルテージは一気に最高潮へ。
「あ。亮ちゃん。俺わかったわ」
大倉は目を細め、錦戸の華奢な肩を抱き、ぐっと自分の方に引き寄せた。
発禁寸前の錦戸の罵声は、上手いこと女子高生たちの喜悦の声と、通り過ぎた車のエンジン音にかき消された。
「見て。めっちゃ嬉しそうやん。女の子って、男同士がくっついたりしてんの、好きやんなぁ」
錦戸は大倉の長い腕をはずしながら「キッショ。大倉、そういう趣味あるん?」と訝しげに大倉を覗きこむ。
「んふ。どうやろ」
「なんやねん!俺は大倉を性的に見たことないで!」
「性的て…(笑)。じゃあ、ヤスは?」
「え?」
「ヤスは?」
急に安田の話題を持ち出す大倉の表情は酷く真剣だ。
錦戸は安田の飾らないの笑顔を思い起こしながら少し考えて答えた。
「……お、おお。そやな。ツレや!」
「あ、俺のバス来たぁ」
錦戸の回答を聞くや、ロータリーを回りだしたバスに反応し立ち上がる大倉は、バスに乗り込む前に振り返って錦戸を見た。
「なら、ヤスは俺がもらうわ」
静かだが芯の強い眼差しに、錦戸は一瞬硬直する。
「亮ちゃん、よいお年を~」
にこやかに手を振る大倉を乗せたバスは錦戸を残して発車した。
「お前の、ちゃうわ」
錦戸は手にしていたビニール袋をゴミ箱に放ったが、すんでのところで外れてしまい、一人地団駄を踏んだ。
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