19か20

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「じゃあな」 丸山は立ち去るか細い背中を見送った後、保健室から窓の外をぼーっと眺めていた。涙も出ない。 どれくらいの間そうしていただろうか。しばらくすると、窓ガラスに渋谷の姿が映った。 戻ってきたのだ。 (どうしはったんです?) という丸山の質問は渋谷の薄い唇で塞がれた。 『やっぱり…ここにおる』 渋谷は丸山に飛びかかり、消毒液の匂う白いベッドに押し倒した。髪を両手で手繰り寄せて強引に何度も口づける。 (おったらええよ、好きなだけおったらええよ。俺でええなら、鬱陶しいくらい側におるよ) 丸山も渋谷の熱に応えながら、肋の浮いた背中に手を這わせて抱き締めようとするが、渋谷は体を捩ってその両腕を避けた。 『アカン。アカン。決めたんや!決めたんやから!』 『すばる君、どうしたいん?言うてくれなわからへん』 『わっかれへん。習ってない、こんなん習ってない!』 ボロボロ泣きながら懊悩する渋谷を、丸山は何も言えずに見ていることしかできない。 『俺、マルに酷いことした。一度だって、マルのこと、一番に思ってなかってん。自分のことばっか大事で』 (そんなことないで。俺かて勝手やで) 『学校しんどくて、逃げたかった時にマルが助けてくれた』 (助けたなんて、そんなタイソウなもんちゃうよ。君みたいな可愛い子が、子供みたいにジャレついてきたり、自分だけを頼ってきてくれたりしたら、誰だって嬉しくなるよ) 『俺、恋愛に酔うてたんかもしれへんし、セックスしたかっただけかもしれへんし、マルを独り占めしたかったのかもしれへんし____たぶん、その全部やねん…。マルはそれ、全部俺にくれた』 (こんな俺でええなら、もっと、もっとあげられるよ、すばる君) 『だから、今度は俺がマル、助ける番やねん…。俺が、19か。いや、20になったら迎えに来て。覚えてたらで、ええから…それまで、連絡すんな。連絡したら、どつくからな!』 * 「忘れるわけ、ないやないですか」 丸山は、洗濯機の前でふやけて剥がれかけた絆創膏をぎゅっと指先に押し付けた。
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