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村上の答辞に図らずも涙した大倉は、誰にも見られないようにこっそり体育館を抜け出し、未だ満開の気配はない桜の木々を眺めながら校庭をふらふら歩き出した。
涙が乾いてきた頃に見慣れた空色のギターケースに目が留まった。
(あれ、ヤスのやん)
大倉が木の根元に近づくと、ギターケースが急に動き出したので、驚いて仰け反った。
「うわっ!____え?ヤス?」
ギターケースを背負った、というより背負われていた安田は、顔をぐちゃぐちゃにして大泣きしていた。
「うわぁ、顔、ヒドイ」
「ヒドイってなんやぁ~!」
大倉が含み笑いながらハンカチを差し出すと、安田は素直に受け取った。
「なんでこんなとこで泣いてるん」
安田は黙って掌を大倉に差し出した。そこにはブレザーの金ボタン。
「なに?これ。」
「しぶやんの」
「ああ…」
大倉は少し嫉妬している自分に気がつく。
「怒らんの?」
「なんで怒るん」
「別の男のボタンもろてんねやで。お前、俺のこと好き言うたやんか。アレ、嘘か」
「…好きやで」
春とは言え、未だ刺すような冷たい風が桜の木と二人の髪を乱暴に揺らした。
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